雨にもまけず
台風にも負けず
暑さにも負けず
政宗の声が聞こえればそこへ行っていちゃつき
三成の気配があれば駆けつけていちゃつく

そんな政三が私は見たい。

屋敷の中で一番日差しが遠い部屋。
北向きについている小さな窓の障子をきっちり閉じて、和紙に漉かれてやわらかくなった夏の日差しが部屋に明りを満たしている。
障子越しの日差しすら避けて、窓から一番遠い部屋の隅、壁に向かって置かれた文机の上に広げた帳簿に筆を走らせているのは三成だ。
家康が天下統一を果たす少し前から奥州に送られ、そのうち江戸に呼び戻されて首を落されるのだろうと本人は思っていたのだが、世が太平、血のにおいも忘れてしまいそうなほどのときが過ぎてもなお、彼はこの地にいた。
それどころか荒れた国土をならすために人手を求めた政宗の政務を手伝いだしてからというもの、奥州の文官として馴染んでしまった。

白い肌にうっすら汗を滲ませながらそろばんを叩く。
人の来ない奥の部屋だからと、正装ではなく浴衣を着た襟から覗く滑らかなうなじを、滲んで窪みにたまった汗が、重みをまとって舐める様に下り既にしっとり濡れた襟に染み込んでいった。

「Ｈｅｙ三成、いるだろ？」

帳簿の数字がようやくそろって、手拭で額にたまった汗を抑えたところで、廊下のほうから政宗が呼ぶ声が聞こえた。
廊下に面した襖は風を求めて開け放してある。
声はまだ少し遠い、と思っているうちに足音がずんずん近付いてきた。
振り返る頃には、返事くらいしろよと笑いながら部屋の前に立つ政宗の姿がそこにあった。

「いるぞ」
「見ればわかるって」

こんな日の高いうちから仕事部屋を抜け出して大丈夫なのだろうか。そういえば今日は小十郎は今年初めて育て始めた作物の実がようやく生ったからと朝から畑に出かけて留守だった。
さっきぬぐったばかりの汗がもう額にたまって、肌をすべる。滑って銀糸の睫毛に降り、瞬きするとわずかに目に入って染みた。
目をこする三成の腕を政宗が掴んで引っ張りあげる。
強引な仕草に三成は思わず腰を浮かした。

「Ｇｏｏｄｂｏｙ、立てよ」

形のいい唇の端をぐい、と上げる。
こうなったら聞かない、と承知している三成は引かれるまま立ち上がって、手首を掴んだまま歩き出した政宗の後に続いた。

さぞかし日差しで暑かろうと避けていた廊下は、政宗が日差しの側をあるいたおかげで、三成に直射日光が当たること無く通り過ぎる。
連れてこられたのは南向きに作られた客人向けの庭ではなく、北に向けて造られた裏庭の縁側だった。。
日差しがあまりあたらない縁側は、風が吹くたびひやりと肌をなでて心地よい。
庭に置かれた石を覆う緑の苔が水分を含んで濡れていて見目にも涼やかだった。

「Come on、三成」

数字と長い時間向かい合って疲れた目を、暗い庭に休ませていると、いつの間にか政宗の手が離れていた。
まだ熱の残る手首を擦りながら声のほうを向くと、政宗が縁側に腰かけて手招いている。
彼のもとへ向かう足の裏に触れる板張りの縁側は、日のあたる場所と違って冷たい温度を返してきた。
政宗の手招きしていた手が三成の視線を促すように縁側の下へ下ろされた足下を示す。
そこには大きな盥に、氷と水がなみなみ入って置かれていた。

「氷？」

驚いて目を見開く三成の腕を引いて、先ほどとは逆に座らせる。

「去年、氷室造ったろ」
「ああ」
「そこの氷だ。お前にも分けてやるよ」

ぽかんと氷水を見つめていた三成の背中を叩いて、

「足!つけんだよ！」

ほら、と促されるままに盥へ足の指先から静かに沈めていく。
夏の高い気温になれた体の芯に氷水の冷たさが染みて骨の辺りがきんと痛んだ。
一瞬足首を抜けて膝あたりまで冷たさが這い上がって、全身にぞわりと鳥肌が立った。

「気に入っただろ？」

温度になれて水をかき回す三成の顔を覗き込んだ政宗。
三成は目を細めた。

「感謝する。しかし、あまりこういう無駄遣いするな」
「無駄遣いかあ？」

政宗も盥に足を沈めた。
水に沈む三成の足を軽く蹴ると、先に水に入っていた分彼の足は冷たかった。

「政宗」
「ん？」
「寒い」
「Ｈａ，誘ってるつもりか？」
「どうだろうな」

足先へ体温を逃がした三成の肩をぐいと抱くと、三成から政宗の唇に唇を重ねた。
夏に蒸れた薄い皮膚が熱を持って熟れる。
先に触れたのは三成だが、離れたのも三成からだった。
唇を離して肩へ頭を乗せる。

「心地がいい」
「どういたしまして？」


おわり。