5月27日の福岡CCにて無配した、小十三のSSです。
【春】
旬の山菜で色鮮やかな炊き込みご飯、先日西海の鬼が手土産に持ってきた海魚の干物、それから青菜の味噌汁。
珍しく政宗が食卓にいないのは、彼が個人的な用事だからと小十郎を置いて出かけていったからだ。
広い疊の間に小十郎と三成の二人、向かい合って座る食事となった。 領主がいないとこの食卓もずいぶん静かだ。
小十郎はいただきますと挨拶をして、最初に味噌汁をすする。もう春とはいえ、聊か冷える夕方の気温に慣れた体を内側から温めて心地よかった。
「…どうした、石田。」
顔を上げて向かいを見ると、三成が茶碗持ったまま固まっていた。小十郎の声になんでもないと小さく首を振り、炊き込みご飯をつまむ。それをゆっくり口に運び、ゆっくり租借した。
「石田?」
三成の喉が上下して、彼の頬を涙が伝った。
「どうした。」
覗きこむようにして尋ねると、一度こぼれた涙は次から次に落ちてきて、とまらなかった。小十郎が黙って手拭を差し出す。
「昔、よく刑部と炊き込みご飯を食べた。」
手拭を受け取った三成が、ポツリと言った。
「そうか。うまいか。」
「ああ。」
【夏】
「石田、起きているか?」
夏の暑さにやられて、自室の一番火が届かない場所に、入口に背を向けて横になっていた三成に小十郎が声をかけた。
さすがの小十郎も、暑さに汗がにじんでいる。
「片倉か、起きている。」
三成が体を起すと、入るぞ、と声をかけて風を取り込むために開けっ放しの入口から部屋の中へ。立ち上がろうとする三成を制して、彼の前に坐した。
「いい物が手に入ったんだ。これなら喰えるだろ。」
「いいもの?」
枕元に置いておいた水筒から水を飲み、太陽から隠れるように小十郎の影に入った三成の前に、差し出されたのは瑞々しい桃だった。既に食べやすいように切ってあるそれは、滴らんばかりの果汁で涼しげに濡れている。
銀色のまつげを揺らして、、見目に涼やかな桃に見とれる三成の表情に、小十郎が満足そうに笑った。
「井戸で冷やしておいたから、まだ冷たいはずだ。食べれるだけでいい、ゆっくりな。」
「……感謝する。」
一切れつまんで唇へ。冷たい果汁が唇を濡らし、つるりと口の中へ入ってきた。冷やしておいた、の言葉通り冷たい実を噛むと、また新しい果汁がにじむ。
「あまい。」
「そうか、よかった。」
【秋】
「さあ、遠慮なく食べてくれ。食べれるものだけで構わない。」
その日は家康に招待されての食卓。栗の炊き込みご飯に、焼き茄子、青菜のお浸し、秋刀魚の塩焼き、根菜の煮物、白い麩の浮いた吸物、それから刺身もある。ずいぶんと豪華な食卓に、聊か眩暈がした。
しかしそれも、彼が三成を思ってのことだ。三成は一度深呼吸してから、栗ご飯を手に取った。甘い栗のにおいがふわりと鼻先に届く。
大きめに砕いてある栗を載せて飯を摘み、口に運ぶ。
ざり、
やはり味がしない。香はわかる、食感もある、それでも栗の甘みも、米に染みただしの味も、わからなかった。口の中を、噛むたび砕けて細かくなるざりざりした感触ばかりが支配して、ようやく飲み込んだがむせてしまった。
家康が慌てて茶を差し出す。むせすぎて涙がにじんだ目を見て、家康も悲しげに目を細めた。
「やはり、わからぬか。」
「ああ、これだけ用意してもらったのに、すまない。」
「いや、無理はしなくていい。」
三成は先日、謀反の平定に向かったまま、帰らぬ人となった。政宗は重傷を負いながらも帰ってきたが、小十郎は深手のまま、行方が知れなかった。その知らせを聞いた三成は、その晩から、味覚を失ってしまった。
何を噛んでも砂のようで、どうも喉を通らない。
「三成、お前、泣いたのか?」
「いや、もう泣き方を忘れてしまった。」
【冬】
「三成、また瘦せたか。」
もしかして夢でも見て居るのだろうかと思った。それでも、頬を包む手のひらの温かさは紛れも無く小十郎のものだった。 小十郎は帰って来た。誰もが命途切れたと思い込んでいたほどに重症のまま行方が知れなかったが、山の深くの老夫婦に助けられ、季節が一つめぐってしまった頃、ようやく傷が癒えて帰ってきたのだ。
「心配かけた。」
目を細めて笑う顔に喉の奥が焼け付くようで言葉が出なかった。
それからしばらく、町がすっかり雪に覆われてしまった頃、久方ぶりに小十郎が食事を用意した。
三成の味覚のことを聞いたかはわからない。冬の野菜を細かく刻み、少しの米と煮込み、卵でとじた口当たりのやさしい雑炊だった。
頂きますと手を合わせ、そろりと雑炊を口に運ぶ。
小十郎は雑炊を租借しながら、三成の様子を伺っていた。臥せって落ちていた筋肉は、奥州に帰ってきてすぐに元に戻った。日々の鍛錬の過酷さに対し、その表情はやさしい。
三成は益々とがった顎でゆっくりと、確かめるように租借する。最初の一口目で目を見開いて、信じられないように何度も何度もかんだ。そしてやがてゆるりと飲み込む。
「小十郎。」
「なんだ。」
「お前がいないと、腹がすかない。」
「そりゃまいった、長生きしねえとな。」
旬の山菜で色鮮やかな炊き込みご飯、先日西海の鬼が手土産に持ってきた海魚の干物、それから青菜の味噌汁。
珍しく政宗が食卓にいないのは、彼が個人的な用事だからと小十郎を置いて出かけていったからだ。
広い疊の間に小十郎と三成の二人、向かい合って座る食事となった。 領主がいないとこの食卓もずいぶん静かだ。
小十郎はいただきますと挨拶をして、最初に味噌汁をすする。もう春とはいえ、聊か冷える夕方の気温に慣れた体を内側から温めて心地よかった。
「…どうした、石田。」
顔を上げて向かいを見ると、三成が茶碗持ったまま固まっていた。小十郎の声になんでもないと小さく首を振り、炊き込みご飯をつまむ。それをゆっくり口に運び、ゆっくり租借した。
「石田?」
三成の喉が上下して、彼の頬を涙が伝った。
「どうした。」
覗きこむようにして尋ねると、一度こぼれた涙は次から次に落ちてきて、とまらなかった。小十郎が黙って手拭を差し出す。
「昔、よく刑部と炊き込みご飯を食べた。」
手拭を受け取った三成が、ポツリと言った。
「そうか。うまいか。」
「ああ。」
【夏】
「石田、起きているか?」
夏の暑さにやられて、自室の一番火が届かない場所に、入口に背を向けて横になっていた三成に小十郎が声をかけた。
さすがの小十郎も、暑さに汗がにじんでいる。
「片倉か、起きている。」
三成が体を起すと、入るぞ、と声をかけて風を取り込むために開けっ放しの入口から部屋の中へ。立ち上がろうとする三成を制して、彼の前に坐した。
「いい物が手に入ったんだ。これなら喰えるだろ。」
「いいもの?」
枕元に置いておいた水筒から水を飲み、太陽から隠れるように小十郎の影に入った三成の前に、差し出されたのは瑞々しい桃だった。既に食べやすいように切ってあるそれは、滴らんばかりの果汁で涼しげに濡れている。
銀色のまつげを揺らして、、見目に涼やかな桃に見とれる三成の表情に、小十郎が満足そうに笑った。
「井戸で冷やしておいたから、まだ冷たいはずだ。食べれるだけでいい、ゆっくりな。」
「……感謝する。」
一切れつまんで唇へ。冷たい果汁が唇を濡らし、つるりと口の中へ入ってきた。冷やしておいた、の言葉通り冷たい実を噛むと、また新しい果汁がにじむ。
「あまい。」
「そうか、よかった。」
【秋】
「さあ、遠慮なく食べてくれ。食べれるものだけで構わない。」
その日は家康に招待されての食卓。栗の炊き込みご飯に、焼き茄子、青菜のお浸し、秋刀魚の塩焼き、根菜の煮物、白い麩の浮いた吸物、それから刺身もある。ずいぶんと豪華な食卓に、聊か眩暈がした。
しかしそれも、彼が三成を思ってのことだ。三成は一度深呼吸してから、栗ご飯を手に取った。甘い栗のにおいがふわりと鼻先に届く。
大きめに砕いてある栗を載せて飯を摘み、口に運ぶ。
ざり、
やはり味がしない。香はわかる、食感もある、それでも栗の甘みも、米に染みただしの味も、わからなかった。口の中を、噛むたび砕けて細かくなるざりざりした感触ばかりが支配して、ようやく飲み込んだがむせてしまった。
家康が慌てて茶を差し出す。むせすぎて涙がにじんだ目を見て、家康も悲しげに目を細めた。
「やはり、わからぬか。」
「ああ、これだけ用意してもらったのに、すまない。」
「いや、無理はしなくていい。」
三成は先日、謀反の平定に向かったまま、帰らぬ人となった。政宗は重傷を負いながらも帰ってきたが、小十郎は深手のまま、行方が知れなかった。その知らせを聞いた三成は、その晩から、味覚を失ってしまった。
何を噛んでも砂のようで、どうも喉を通らない。
「三成、お前、泣いたのか?」
「いや、もう泣き方を忘れてしまった。」
【冬】
「三成、また瘦せたか。」
もしかして夢でも見て居るのだろうかと思った。それでも、頬を包む手のひらの温かさは紛れも無く小十郎のものだった。 小十郎は帰って来た。誰もが命途切れたと思い込んでいたほどに重症のまま行方が知れなかったが、山の深くの老夫婦に助けられ、季節が一つめぐってしまった頃、ようやく傷が癒えて帰ってきたのだ。
「心配かけた。」
目を細めて笑う顔に喉の奥が焼け付くようで言葉が出なかった。
それからしばらく、町がすっかり雪に覆われてしまった頃、久方ぶりに小十郎が食事を用意した。
三成の味覚のことを聞いたかはわからない。冬の野菜を細かく刻み、少しの米と煮込み、卵でとじた口当たりのやさしい雑炊だった。
頂きますと手を合わせ、そろりと雑炊を口に運ぶ。
小十郎は雑炊を租借しながら、三成の様子を伺っていた。臥せって落ちていた筋肉は、奥州に帰ってきてすぐに元に戻った。日々の鍛錬の過酷さに対し、その表情はやさしい。
三成は益々とがった顎でゆっくりと、確かめるように租借する。最初の一口目で目を見開いて、信じられないように何度も何度もかんだ。そしてやがてゆるりと飲み込む。
「小十郎。」
「なんだ。」
「お前がいないと、腹がすかない。」
「そりゃまいった、長生きしねえとな。」
PR