力一杯創作メモ。
興味がない人のが多いですよね、ごめんね…。
興味がない人のが多いですよね、ごめんね…。
1
そうしてそこに世界があった。
ぼくとあなたのふたりきり、漠然と立ち尽くして、呼吸の仕方も忘れてしまった。
2
喘ぐ喉仏にくらいついて、かすかに呻き声が聞こえた。皮膚に歯が食い込む、汗と体液と温い体温が、唾液に溶けて味覚を感じた。
3
おいで
まだ眠たそうな目を僅かに開いて、否、これはもう開いてはいない。差し出された両の腕を振りきるのは一苦労だ。一歩、わざと音を立てて近づいてスプリングを揺らす。私の代わりに枕を抱かせて、私は彼に背中を向けた。
4
あさかよるかひるか、そんなことはどうでも良かった。
目が覚めたら彼がいない。昨日使ったまま籠に投げ入れられたバスタオルはふたりぶん。ちゃんと彼の痕跡はあるのに、彼そのものが気配ごとまるごと消えてしまった。
戯れに買った携帯電話は、彼のと俺のとふたりぶん、仲良く机の上に並んでいる。
ああ、こんなことならば、もっと
もっと
もっと……ナニ?
5
有ればいいとは限らない。人と比べれば遥かに長寿の悪魔も、今、呼吸をやめた。最後まで崩れなかった美しいカンバセを、よりにもよって俺の膝に乗せて逝くか。
人外のものは管轄外。俺にはもう声も聞こえない。
ああ、とうに忘れていたけれど、死とはかくも痛いものだったか。
6
甘いバニラの匂いがこもる。ワインレッドと黒と白のコントラストが目に染みた。
革張りのソファーの上、座った男の目の前に鎮座する灰皿は、大量のタバコが詰まれて重たそうだ。
男はこちらを一度見た。眼鏡のレンズ越しに見える、緑がかった青の瞳が俺を捉えてゆっくり瞬きをする。
「帰ってこないと思った」
「何故」
「いや、悪魔と心中でもするかもと思って?ニホンジンはそういうの、スキだろ」
男の唇から、タバコの煙が吐き出される。甘い甘い、甘いバニラ。
その香りに吐き気がする。
甘いものは苦手だ。
悪魔の香りも甘すぎて、脳裏に染み付いて離れない。
「……他のやつらは、仕事か?」
くわえていたタバコを、積もった吸殻の山に押し付ける。男の指はふしばっていた。
「一人は仕事。一人はたぶん、帰ってこない。一人は……どうするんだろうな」
タバコを消した男は立ち上がった。
立ち上がった男の目の前に、赤い垂れ幕。幕に手をかけ、それが外出の合図だ。
「逃げたって、かわらねぇのに。馬鹿だな」
「……そうだな」
「泣く?」
「さっさと行け」
「泣かせてやるよ、いつでも」
「お前も、相当な馬鹿だ」
「Thanks」
赤い幕に男が飲み込まれて、消えた。
広い部屋に一人きり。
急に脱力してその場に座り込んだ。
7
とりあえずは服を着た。
空気にさらされて冷えた布地に鳥肌が立つ。
クローゼットに並べられた服が二人分。半分は小さすぎて使えない。
「さて、どうすっかな」
思いの他冷静な顔が鏡に映る。
ため息をついてみたけれど、笑えと命じれば表情筋は正しく動く。
腹は空かない。
もともと、そういう体だ。
要するにいつも通り、何の変哲も無さ過ぎて可笑しかった。
8
町並みはずいぶんと変わった。
深々とかぶっていたシルクハットも、体とともに渡された化粧道具一式ももう要らない。
それくらいの時間が過ぎた。
相も変わらず人では足りない。
騒がしい町並みを真っ黒の服で歩くけれど、振り返る人間は一人も居ない。
否、居たら困る。
否、居なければ困る。
手にした一枚の写真を頼りに、これだけ情報網が充実しているのだから、もう少々親切心を働かせることをしてもいいのではないかと、ため息、一つ。
慣れてもいいけど、慣れすぎるなよ、
先日長期の休暇を取って下に降りた男が言った言葉が、何故このタイミングで。
けれど、そうだ。思い出すのが遅すぎた。
「……あ」
写真と瓜二つの顔。間違いない。彼だ。
一度歩みを止めて姿勢を正す。
くいと唇の両端を上げて、上手に笑えているだろう。
「コンニチハ。お迎えに上がりました」
そうしてそこに世界があった。
ぼくとあなたのふたりきり、漠然と立ち尽くして、呼吸の仕方も忘れてしまった。
2
喘ぐ喉仏にくらいついて、かすかに呻き声が聞こえた。皮膚に歯が食い込む、汗と体液と温い体温が、唾液に溶けて味覚を感じた。
3
おいで
まだ眠たそうな目を僅かに開いて、否、これはもう開いてはいない。差し出された両の腕を振りきるのは一苦労だ。一歩、わざと音を立てて近づいてスプリングを揺らす。私の代わりに枕を抱かせて、私は彼に背中を向けた。
4
あさかよるかひるか、そんなことはどうでも良かった。
目が覚めたら彼がいない。昨日使ったまま籠に投げ入れられたバスタオルはふたりぶん。ちゃんと彼の痕跡はあるのに、彼そのものが気配ごとまるごと消えてしまった。
戯れに買った携帯電話は、彼のと俺のとふたりぶん、仲良く机の上に並んでいる。
ああ、こんなことならば、もっと
もっと
もっと……ナニ?
5
有ればいいとは限らない。人と比べれば遥かに長寿の悪魔も、今、呼吸をやめた。最後まで崩れなかった美しいカンバセを、よりにもよって俺の膝に乗せて逝くか。
人外のものは管轄外。俺にはもう声も聞こえない。
ああ、とうに忘れていたけれど、死とはかくも痛いものだったか。
6
甘いバニラの匂いがこもる。ワインレッドと黒と白のコントラストが目に染みた。
革張りのソファーの上、座った男の目の前に鎮座する灰皿は、大量のタバコが詰まれて重たそうだ。
男はこちらを一度見た。眼鏡のレンズ越しに見える、緑がかった青の瞳が俺を捉えてゆっくり瞬きをする。
「帰ってこないと思った」
「何故」
「いや、悪魔と心中でもするかもと思って?ニホンジンはそういうの、スキだろ」
男の唇から、タバコの煙が吐き出される。甘い甘い、甘いバニラ。
その香りに吐き気がする。
甘いものは苦手だ。
悪魔の香りも甘すぎて、脳裏に染み付いて離れない。
「……他のやつらは、仕事か?」
くわえていたタバコを、積もった吸殻の山に押し付ける。男の指はふしばっていた。
「一人は仕事。一人はたぶん、帰ってこない。一人は……どうするんだろうな」
タバコを消した男は立ち上がった。
立ち上がった男の目の前に、赤い垂れ幕。幕に手をかけ、それが外出の合図だ。
「逃げたって、かわらねぇのに。馬鹿だな」
「……そうだな」
「泣く?」
「さっさと行け」
「泣かせてやるよ、いつでも」
「お前も、相当な馬鹿だ」
「Thanks」
赤い幕に男が飲み込まれて、消えた。
広い部屋に一人きり。
急に脱力してその場に座り込んだ。
7
とりあえずは服を着た。
空気にさらされて冷えた布地に鳥肌が立つ。
クローゼットに並べられた服が二人分。半分は小さすぎて使えない。
「さて、どうすっかな」
思いの他冷静な顔が鏡に映る。
ため息をついてみたけれど、笑えと命じれば表情筋は正しく動く。
腹は空かない。
もともと、そういう体だ。
要するにいつも通り、何の変哲も無さ過ぎて可笑しかった。
8
町並みはずいぶんと変わった。
深々とかぶっていたシルクハットも、体とともに渡された化粧道具一式ももう要らない。
それくらいの時間が過ぎた。
相も変わらず人では足りない。
騒がしい町並みを真っ黒の服で歩くけれど、振り返る人間は一人も居ない。
否、居たら困る。
否、居なければ困る。
手にした一枚の写真を頼りに、これだけ情報網が充実しているのだから、もう少々親切心を働かせることをしてもいいのではないかと、ため息、一つ。
慣れてもいいけど、慣れすぎるなよ、
先日長期の休暇を取って下に降りた男が言った言葉が、何故このタイミングで。
けれど、そうだ。思い出すのが遅すぎた。
「……あ」
写真と瓜二つの顔。間違いない。彼だ。
一度歩みを止めて姿勢を正す。
くいと唇の両端を上げて、上手に笑えているだろう。
「コンニチハ。お迎えに上がりました」
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